源義経
渡辺 保
定価: ¥ 1,890
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発売日: 1986-05
発売元: 吉川弘文館
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真実の義経を知りたいと思う者の必読の書
日本で源義経という人物ほど、実像に迫りにくい人物はいない。その生涯が謎に満ち、伝説という衣が帳(とばり)のようにして、この人物を覆っているからだ。しかし著者は、あえて真実に迫るためにこの伝説や伝承などを排除し、信頼に足りる史料(特に「吾妻鏡」と「玉葉」)を使って、義経の真実の姿を浮かび上がらせてようと試みる。これは源義経の真実に迫ろうとする知的冒険の書である。
例えば、これまで日本人は、ともすれば、義経記の記述を鵜呑みにしがちだったが、渡辺氏の場合は、義経が奥州に下る際に、自らで元服したとする過程をこのように記している。
「『吾妻鏡』にあるように、自分自身で成人の儀式を行って奥州へ密かに走った、とするならば、その年は『尊卑分脈』に「承安四年三月三日暁天、時に一六歳」とあるのも不自然ではない。(後略)」
このような丹念に、伝説化して見過ごしている事柄を、再度信頼できる史料というフィルターを通すことで検証している。
また、治承四年(1180)奥州から頼朝のもとに参陣する義経を見送る秀衡の心を分析しながら、このように記している。
「数年の間に秀衡は義経の器量に惚れこんでしまったと見える。器量の内容は多分彼の機敏な行動と素直な人がらにあったのではあるまいか。鈍重な東北武士の間にあって、それはずば抜けて目立ったに違いない。・・・秀衡の胸中には、あるいは義経を二度と得られない大将と見抜き、彼によってその勢力拡大を志していたかも知れない」
このような推測を、史料から浮かび上がる印象によって著者が行うのであるが、実に説得力に富むものであると今更ながら感心させられる。
近年、東北大学の入間田宣夫名誉教授が、秀衡が義経を将軍として、「奥州幕府構想」を志向していたのではないかとの大胆な仮説を発表されて注目されているが、この渡辺氏の先の記述は、この仮説の先駆けとなっていたのではあるまいか。
この書が発表されたのは、昭和41年(1966)である。その意味、確かに、最新の義経像とは幾分の開きは感じられるが、義経論の入門書として、また第一級の研究者が、史実と伝説に雁字搦(がんじがら)めになって身動きが取れないでいた「源義経」の実像にどのように迫っていったか、という方法論を見るだけでも十分な価値がある書だ。
この本は、戦後の歴史学が、歴史は階級闘争の歴史であるという硬直した立場を取る史的唯物論の方法論で、武士階級のリーダーとしての頼朝を過大に評価しがちだった風潮に、義経という人物の実像を冷静に分析して実像に迫る方法を提示したもので、今後とも人物叢書中の古典として読み継がれる本となるであろう。
近年、柳の御所趾の発掘に端を発した平泉の都市研究が飛躍的に進み、義経の実像もこの本が書かれた当時とは比較にならないほどレベルが上がっている。先の入間田氏の「奥州幕府構想」の他にも、ヒントとなるテーマがこの本の中から浮かび上がってくる。源義経を考える人にとって、この本はなくてはならない座右の書である。